難病治療用の医療技術の開発、薬の開発費

yahoo:「「18か月の命」難病の結唯ちゃん、新薬で迎えた2歳の誕生日

生まれつきの難病で手足をほとんど動かせなかった小さな女の子が、新薬の力で歩行訓練ができるまでになりました。昨年暮れ、取材で知り合った結唯(ゆい)ちゃんです。今年1月、元気に2歳の誕生日を迎えました。

 きょう2月28日は「世界希少・難治性疾患の日」です。難病患者の生活の質を向上させようと、2008年にスウェーデンで提唱され、各国に広まりました。それに先立つ2月6日~12日、読売新聞朝刊くらし家庭面の企画「医療ルネサンス」で「難病の子 治療の扉」というシリーズを連載しました。最近、遺伝子治療など新しい医療技術が次々に登場し、難病の子どもたちの治療に光が差し始めています。その陰には、地道な活動で早期診断・早期治療に協力した患者会の貢献もありました。そんな最新事情を5回に分けて紹介したのが、このシリーズでした。
脊髄性筋萎縮症…生後2か月の娘、母親の苦悩

 結唯ちゃんは、第1回に登場した女の子で、加藤優子さん(41)の長女です。「脊髄性筋萎縮(いしゅく)症(SMA)」という難病で、なかでも生後6か月までに発症する「I型」という最も重いタイプ。人工呼吸器を使わない場合、ほとんどの子が1歳半までに亡くなる深刻な病気です。結唯ちゃんは生後2か月だった2016年春に新薬の治験に参加してから、病状が劇的に改善しました。

 「新薬のおかげで2歳の誕生日を迎えられた。今、結唯ちゃんが生きていられるのは、本当にかけがえのないこと」

 加藤さんはいま、そう話します。

 でも、SMAに根本的な治療法がないと知ったときには、娘が病気であることをなかなか受けとめることができませんでした。治験のことを知っても、参加する気にはなれなかったと言います。「人体実験」のようで怖くもありました。結唯ちゃんを育てるというより、看取(みと)ることばかり考えていた時期もあったそうです。
「18か月の命」難病の結唯ちゃん、新薬で迎えた2歳の誕生日

結唯ちゃんは、短い時間ならお座りもできるようになった(昨年12月、長野市で)
「俺一人でも育てる」…父の熱意

 反対に、夫の敦史さん(30)は治療に積極的でした。夫婦の話し合いは平行線をたどり、毎日のようにけんかの繰り返し。敦史さんは離婚さえ口にし、「俺一人でも育てる」と譲りませんでした。

 敦史さんの熱意に促され、一緒に医師から説明を聞いた加藤さん。「可能性があるなら、信じよう」。ようやく前向きな気持ちになり、治験への参加を決めました。

 それから2年近くが過ぎ、結唯ちゃんは物を握れるようになったり、自力で座ったりと、だんだん元気になっています。「新しい治療で運命が変わった」。加藤さんは、結唯ちゃんをいとおしそうに抱きしめました。

絵の中の「元気な姿」…難病だった妹、記者の「願い」

 加藤さんの話を聞きながら、私は自宅に飾ってある絵のことを思い出しました。私と2人の妹が、母の作ったお弁当をめがけて野原を駆けている絵です。イラストレーターの女性に描いてもらいました。

 でも、絵の中にいる妹の姿は「本物」ではありません。上の妹・奈美は、「レット症候群」という難病で、生まれつき歩けず、寝たきりでした。胃瘻(いろう)をしており、栄養は胃に直接、チューブで入れていました。2016年11月、25歳で亡くなりました。

 写真を飾る気にはなれず、代わりに絵に願いを込めました。私と家族は、病気であることも含めてありのままの妹を愛してきたはずなのに、絵には元気な姿を描いてもらうなんて矛盾しているようで、後ろめたさもありました。
最初から「障害児の親」ではない

 取材の途中、加藤さんに妹が難病であったことを話し、自分の気持ちを打ち明けました。「『妹が健康に生まれていたら』と考えることは、母に悪いと思っていました」

 すると、加藤さんは「元気でいてほしいと思うのは、本能的なものだもの。わかりますよ」と言って、一緒に涙を流してくれました。

 妹とおなかいっぱいご飯を食べたかった。「お姉ちゃん」と呼んでくれていたら、どんな声だったんだろう。それでも、そのまんまの奈美がかわいくて、大好きだった。

 加藤さんの言葉に、相反するものと感じていた考えが、どちらも素直な気持ちなのだと受けとめられるようになりました。私の両親も、最初から「障害児の親」だったのではなく、加藤さんのように葛藤し、時間をかけて妹を愛していったのだと思えました。
夫婦で一緒に子どもの未来を考える姿

 加藤さんは自宅に置いてある医療機器について説明してくれました。のみ込む力の弱い結唯ちゃんの痰(たん)を吸引したり、血液中の酸素量を測ったりするものです。新薬の効果は出ていますが、こういった「医療的ケア」はいまも必要なのです。

 加藤さんは結唯ちゃんを自宅で介護するため、看護師から一つ一つ機器の使い方を学びました。痰の吸引は多いときで10分おき。食事は鼻からチューブで一日に4回、栄養を入れています。毎晩、眠るときには、呼吸をサポートする鼻マスクを結唯ちゃんに装着します。敦史さんもサポートしています。

 今回の取材で出会った難病の子どもたちのお父さん、お母さんが、子どもを愛し、夫婦で一緒に子どもの未来を考える姿に勇気づけられました。

 ですが、新しい治療を受けられても、必ずしも介護がいらなくなるわけではありません。加藤さんも「先が見えず、不安になる時もあります」と漏らしていました。

 原因が分からず、治療法が見つかっていない病気もたくさんあります。

 整理できない、揺れる感情を抱えながらも、懸命に病気と向き合おうとする人の姿を伝えていくこと。それが少しでも患者さんと家族を支える力になればと、私は今日も取材に向かいます。


こういう難病対策のための医療技術の進歩とか新薬の開発が出来るようになるには
社会が豊かじゃ無いと無理なんですよね
科学の進歩は豊かさに比例するはず

でも、今の日本はそういう科学の進歩にお金を回せない状態ですよ
予算が付かないから頭脳流出しているって事はかなり前から指摘されてるけど改善されません
その辺はやはり緊縮、予算の削減という社会の豊かさを減らす方向の政策、またそれを支持する人が増えていることが原因

今はノーベル賞貰う日本人いますけど、もう出てこなくなるんじゃ無い?
日本が貧困国へ落ちるのも時間の問題
かけるべきところへお金をかけないとダメになる一方

くわえて、お産がうまくいくのもそういう医療技術の進歩故
他の国じゃ母子共々死亡って事は多々あることだって聞きます
なのに産科医が報われない状況って多いですよね

変な世の中ですよねぇ


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180228-00010000-yomidr-sctch


元記事
Seesaa:「難病治療用の医療技術の開発、薬の開発費
ここは第一稿で元記事は改版している場合があります
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  by sunrisesunset77 | 2018-02-28 19:51 | 自然・動物・植物など

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